医療ツーリズムの最近の動き:インバウンド
医療ツーリズムの定義とインバウンドの広がり
医療ツーリズムとは「医療サービスを受けることを目的として他国へ行くこと」を意味する。そしてこの医療ツーリズムを使って、国内での医療産業を発展させたり、外貨を稼ぐというものがインバウンドの目的であった。
医療ツーリズムの目的は大きく3つに分類される。
1つ目は「治療」を目的としたもの、2つ目は「健診」を目的としたもの、そして3つ目は「美容・健康増進」を目的としたものである。これら3つの違いは、渡航するにあたって「医療」の要素と「観光」の要素にそれぞれどれだけ重きを置いているかによる。
「治療」を目的とした医療ツーリズムの場合は、その治療内容によっても異なるが、医療への比重が大きく、ほとんどが観光の要素を全く含んでいないかその比重が比較的小さい。具体的な治療としては、がん治療や心臓病治療、臓器移植など高度な医療が挙げられる。
「健診」を目的とした医療ツーリズムの場合は、具体的には、人間ドックやPET検診などが挙げられる。
「美容・健康増進」を目的とした医療ツーリズムの場合は、比較的に医療よりも観光への比重が大きくなっていく傾向にある。具体的には、美容エステやスパ、森林療法、海洋療法などが挙げられる。
ところが近年、上記の目的で医療ツーリズムを行おうとして病院を整備することの副次的な意味が注目されるようになった。医療ツーリズムを行うような病院においては当然外国人向けの対応が充実している。したがって現地にいる外国人あるいは観光で渡航してきた外国人にもこの医療ツーリズムを行っている病院は非常に重要であり魅力的なのである。
述べてきたように日本においては医療ツーリズム自体の進捗は他のアジアの国に比べると遅い。しかし人の移動という意味においては決して遅れている国ではないのである。 2020年には日本の東京でオリンピックが開かれる。日本は温泉をはじめ多くの観光資源に恵まれるために観光客数も増加している。2013年度に日本に訪れた外国人観光客は1000万人の大台を突破し、2014年は1,100万人を超えた(※1)。また日本で働く外国人も増加している。
こういった外国人に対しての対応をどうするかという問題が医療ツーリズムとは別に起きてきたのである。しかし面白いことにこれらに対しての対応策としてはやはり医療ツーリズムを行うような外国人対応ができる病院ということになるのである。
アジアでの医療ツーリズム:シンガポール
シンガポールは1980年代から医療改革を始め、1993年には1万4,000人の外国人患者を国内に誘致した。一時はアジア通貨危機によってその数字が減少したが、2000年には15万人の誘致に成功し、3億4,500万シンガポールドル(約215億6千万、2000年時点、1シンガポールドル=約62.5円)の収益をもたらした。
2003年には保健省が中心となって200万シンガポールドルの予算で「Singapore Medicine」というキャンペーン企画を打ち出し、今までは近隣諸国中心であったものを中東などの国からも誘致する政策を開始した。その結果2009年には外国人患者66万人の誘致に成功し、18億シンガポールドル、日本円にして約1157億4千万円(2009年時点、1シンガポールドル=約64.3円)の収益を得た。
アジアでの医療ツーリズム:タイ
アジアにおいて医療ツーリズム先進国と言われるタイの様子はどうであろうか。タイでは、政府観光庁による「医療ハブ構想」(2002 年),ビザ発行手続きの簡素化政策が行われ、タクシン政権下の2003 年に「アジアの健康首都」を宣言し、民間病院の外国人患者受け入れを推進してきた。さらにタイ厚生省は同国の医療ツーリズム推進のための国家プロジェクトを推進するためにヘルスケア・医療プロジェクトとして、2010~2013 年の4 か年で50億円(全予算の10-15%)を医療ツーリズムの推進のための事業費として充当した。
さらに、株式会社病院を中心に、国内の3%と言われる富裕層および外国人患者に対して強力にマーケティング活動を行っている。例えばインドネシアやシュート中国といった国がその対象であるし、最近では日本も医療ツーリズムの対象になっている。
タイはシンガポールとは異なり最先端医療も医療ツーリズムに含まれるが、多いのは健康増進や美容整形場合によっては性転換といったものが大きな分野になっていることも特徴である。2012 年のタイの医療ツーリストの受入数は253 万人と2005 年の2 倍の規模に達している。
アジアでの医療ツーリズム:韓国
韓国の医療制度は日本から取り入れた部分が多い。したがって、利潤を目的とする患者の誘致、勧誘、仲介および紹介が韓国の医療法で禁止されていたが、2009年1月から施行された医療法改正により、在外の外国人患者に関して患者の誘致、勧誘、仲介および紹介活動が可能になった。さらにその誘致に関する登録制度が開始された。
また、外国人患者に限定されたビザ、すなわち外国人患者とその保護者に限って発給される医療観光ビザ(Medical Visa)を新設した。このビザは患者と介護目的で患者に付き添う配偶者および家族、さらには外国人患者を誘致できる登録された医療機関や斡旋業者の招待により、医療機関での診断や治療、回復を目的に韓国に入国する患者に発給される。また英語・日本語・中国語・ロシア語・アラビア語の5か国語で24時間対応のメディカルコールセンターを設立した。韓国政府の保健福祉開発人力院(KHRDI)においても、5か国語に対応した医療通訳者を養成に力を入れている。さらに、国際病院マーケティング専門家コースや国際医療コーディネーターコースがいくつかの大学や大学院、韓国観光公社および地域観光機関、韓国産業人力公団など労働省関連の機関と民間学術団体で提供されている。
これらの活動によって、2007年に7,901人だった外国人患者誘致数が2009年には約60,200人(うち米軍関係者約4,500人)にまで増加し、外国人患者における総収入は547億ウォン(42億円)にまでのぼった。この数字は韓国国民一人当たりの年間医療費約80万ウォン(約6万円)を上回り、一人当たり約90万ウォン(約7万円)となる。
日本の病院の現状
ここで、日本の病院の現状を見てみよう。東京女子医大遠藤教授による平成25年度 国際医療交流(外国人患者の受入れ)に関する調査集計結果(※2)によれば、
○調査対象病院:1403病院・公益財団法人日本医療機能評価機構の認定病院のうち、医療機能評価機構のデータベースに一般病院として登録されている病院
○調査期間:平成25年10月1日から10月31日まで
○調査方法:自記式調査
○有効回答数:766病院(有効回答率54%)
で行われ、外国人患者受入れ実績については下記のようになった。
特に「外国人患者受入れを実施するうえで、今後、政治、行政、民間が整備すべき要点をあげてください (重要なもの3つまで)」という問いにおいて、医療通訳や多言語化した文書がないことが問題視されていることを受けて、従来のJMIP以外に医療通訳を養成する事業や、多言語化した文章を作成する事業(平成25年度補正予算)を行うこととなった。
民間企業の医療ツーリズムへの取り組み
医療ツーリズム事業を展開している現状もある。株式会社ジェーティービーは交流文化事業の一環として医療ツーリズムの促進に取り組み、「ジャパン・メディカル&ヘルスツーリズムセンター(JMHC)」という機関を立ち上げ、徳洲会系列の病院を中心に国内約110の病院と提携している。
その他、中国と北海道を中心に活動を拡大している企業もある。
医療ツーリズムにも徐々に動きが出てきたといったところであろうか。
豊田三佳「シンガポールにおけるメディカルツーリズム」,『自治体国際化フォーラム』2011年3月号, p.33-35, 一般財団法人 自治体国際化協会
真野俊樹(2010)「メディカルツーリズムと医療の産業化」,『共済総研レポート』2010年6月35-42頁, 一般社団法人 JA共済総合研究所。
真野俊樹「注目されるメディカルツーリズム」,『自治体国際フォーラム』2011年3月号, p.31-41, 一般財団法人 自治体国際化協会.
「医療制度と医療ツーリズムに見るシンガポールの戦略」 『Clair Report』Apr17, 2014年4月17日号 一般財団法人 自治体国際化協会 シンガポール事務所
注釈
※1「訪日外客数の動向」2014年11月推計値,.日本政府観光局(JNTO)
※2「国際医療交流(外国人患者の受入れ)に関する研究」平成25年度
総括・分担研究報告書(厚生労働科学研究費補助金 地域医療基盤開発推進研究事業 研究代表者 遠藤弘良)