医療ツーリズムの最近の動き:アウトバウンド
日本でアウトバウンド政策が起きた背景
日本においてもアジアの諸外国と同様に、医療ツーリズムを使って医療産業を振興させようという動きがあった。しかし、日本がアジアの国と違ったのは、非常に優れた国民皆保険制度という医療保障制度があった事である。この制度のもとで日本国民は50年もの間、非常にレベルの高い医療を廉価で受診してきた。そのために医療が産業であると言う視点が、医療提供者にも国民にもなくなってしまっているのである。
一方ではダヴィンチ、3テスラのMRI、腹腔鏡など最先端の医療機器が、どんどん発明され、よりQOLの高い医療を求めて導入されている。こういった機器は高額であり、まさに資本主義の申し子ともいえる。こういった医療機器をどんどん購入し医療保険制度の中で使っていくという日本医療の姿が、コストを抑えて効率化していこうという産業的視点と乖離があったのである。
背景はこういったことであるが、日本医師会、厚生労働省の強力な反対によって経済産業省が中心に行うおうとした医療ツーリズムすなわちインバウンドの動きは、不幸な3.11の震災もありトーンダウンした。そのあとに経済産業省を中心に、日本の優れた医療を輸出、即ちアウトバウンドしようという動きが起きたのである。そのような中で、連載の1回目でも述べた一般社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ)が改組され、安倍内閣の肝いりの組織となった。この組織において医療のインバウンドとアウトバウンドが積極的に推進されることになったのである。
アウトバウンド政策
経済産業省のヘルスケア産業課を中心に日本の医療を、アジア、中東、ロシア、中国などの国に輸出できるものかどうかというFS(feasibility study)が何年かにわたって行われた(図1) 。そのうちのいくつかは、クリニックが作られたり、画像センターが作られたりするという形で成果を上げた(図2)。
図1.平成25年度 海外展開の事業性評価に向けた実証調査
参照元:経済産業省
図2.事業家が進展している事例
参照元:経済産業省
しかしながら、当初このアウトバウンド政策は医療サービスと医療機器の一体化された輸出をアウトバウンドの目標としていたが、残念ながら、日本の医療機器が売れるという状況にまでは至っていない。
医療ツーリズム自体はアメリカにおける医療費の高騰、ヨーロッパにおける待ち時間の増加、あるいはアジア発展途上国における医療レベルの低さ、といったことから起きてきたことである。しかし、そもそも、患者を受け入れる国の医療レベルが高くなければ医療観光は成立しない。ここで医療レベルが高いという意味には、その医療レベルの高さが認知されているということが必要である。残念ながら、医療機器も含め日本の医療レベルは高いのであるが、その医療レベルの高さと、機器のレベルの高さがアジア諸国に認知されてないという現実があった。
このように考えるといきなり医療ツーリズム、すなわちインバウンドでの展開がうまくいくとも思えない。その意味でもアウトバウンドを行って、すなわち医療を積極的に輸出していくことで、日本の医療の素晴らしさをアジア諸国にアピールしていこう、そして結果的に患者が日本に来ることになる、といった考えが生まれてきたとも言える。現在の考え方ではアウトバウンドあってこそのインバウンドいう考え方になってきているのである。
インドネシアへの日本からの医療進出
まず、旧来型の進出とでもいうべき、日本人対応で昔から行っているクリニックを紹介しよう。
ジャカルタ市内には、現在、日本人対応のクリニックが3件ある。最も大きいタケノコ診療所は、患者を日本人に限定し、診療を行っている。産婦人科が専門の日本人医師の山田医師(タケノコ診療所での勤務8年)以外には、若手のインドネシア人医師が20人、スタッフ数は100人以上が勤務している。また、バリ島に支店を持つ。
徒歩2分の距離に協力病院のサヒット・サウマン病院がある。提携関係により、ICU治療、ヘリコプターでのシンガポールへの搬送や状況によっては日本への搬送が可能になった。今後は、美容整形の分野にもサービスを拡大する意欲を持っている。
カイコウカイ クリニック スナヤン
アベノミクスによる医療の輸出(アウトバウンド)の方針にのっとり、日本からは、名古屋市に本拠を置く医療法人偕行会が、日系企業の入居するオフィスビルが多いスナヤン地区に外来診療専門の「カイコウカイ クリニック スナヤン」を建設し2014年に開業した。このクリニックではインドネシアに駐在する13,000人の日本人駐在員と外資系で働く外国人への簡単な外来診療と健康診断、あるいは現地の富裕層に糖尿病をはじめとする慢性疾患の治療サービスを提供することが目的であり、こういった人が患者になったときに、タイやシンガポールにmedical travel(tourism)を起こさないように、高品質の日本ブランドで勝負するというのが意図である。レントゲンや胃部X線(バリウム)検査、超音波診断の為の機器は日本製の機器を中心に揃え、日本の高水準の医療技術を提供する。医師は日本人1名、インドネシア人4名の計5名体制としている。看護師スタッフは、日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)の看護師・介護福祉士受入れ事業で派遣され、日本の医療機関で看護助手として働いた経験者を中心に採用する。
インドへの進出:SAKRA WORLD HOSPITAL
内需が大きく期待できそうなインドなので、日本からもそこに進出しない手はないという話もある。日本企業の豊田通商・セコム医療システムと現地財閥キラロスカとの合弁で設立されたSAKRA WORLD HOSPITALを紹介しよう。2013年7月外来オープン、12月入院病棟オープン、2月フルオープンした。それぞれの強みを融合させる為にお互いのスタッフが細やかな情報交換を重ねて、さらには日本から看護師が数名派遣され指導している。現地の中間層、富裕層だけでなく東アフリカからも患者が訪れる。インドでは循環器医療が進んでいるが、がん治療やリハビリは遅れている。
問題はインドの階層に基づく分業制度である。掃除をする人と事務をする人が分かれているのは当然としても、同じ掃除をするにも、拭く場所によって人が変わる。
現在、PT7名、ST1名、OT1名からなる南インド随一のリハビリ施設も作っている。
新聞、SNS、ラジオなどのメディアを活用した Marketing を行い Branding を行っている。保険制度がないこの国では、開業医からの紹介というより直接患者が病院をおとづれる訪れることが多いので、Branding が重要になる。
文化、階層別の仕事、風習の異なる国において、チーム医療へ、医療安全やクリニカルパス、接遇といった考えを導入し、日本流の病院を作ろうとする努力には敬意を払いたい。
ただしこの取り組みが大きく化けるかどうかは未知数である。患者数は多いが、競合病院もあるし、医療機器はにおいて日本製品は皆無といっていい。日本製の機器にインドの医師が慣れ親しんでいないからである。